「幸せがリセットされる時」その6【最終章】
昔の記憶を辿りながら第6話【最終章】を更新いたします。
前記事:「幸せがリセットされる時、その1」で私達夫婦の出会いと日常を書き綴りました。
前記事:「幸せがリセットされる時、その2」で私達夫婦の突然起こった出来事を書き綴りました。
前記事:「幸せがリセットされる時、その3」で妻の初めての家出について書き綴りました。
前記事:「幸せがリセットされる時、その4」で妻との出直しと失踪の事を書き綴りました。
前記事:「幸せがリセットされる時、その5」で私の苦悩の日々を書き綴りました
「あいつから電話があった。とうとうあった。。。。。。」
目尻に涙が溢れた。正直嬉しかった。でも、Aとの間に子供が生まれてる。
あの時の婦人科受診、複雑な気分だった。
で第5話は締めくくりました。その後のお話しです。
※重たいお話しになりますので興味のある方のみお読み頂ければ幸いに思います。
第6話【最終章】「突きつけられる現実と最後の日」
携帯にあった失踪していた妻からの電話。
約束通り私が自宅に戻ると家の電話に妻から再度電話がかかってきた。
私は大きく深呼吸して受話器をとった。受話器を持つ手が少し震えていた事を覚えている。
「ほんまに心配してたんやぞ。お母さんには電話したのか?」
と私は話を切り出した。妻曰く両親には電話していないしする勇気がないと言っていた。
私はここで少し意外な気分だった。失踪中「お母さんとは連絡を取っているのかも?」と疑っていたからだ。でもよくよく話を聞く限り妻が嘘を言ってるとは思えなかったのでそれは真実だったのだろうと思った。それが本当なら両親に電話が怖い妻の理由も頷けた。
妻は自分が私にした行動を誤り続けていた。「あの時こうだったから」とか「こう思って家を出た」とかは一切言わなかったが多数の謝罪のなかに「貴方が嫌い
で別れたわけではない」の一言を付け加えていた。私はその言葉を聞いて今まで虚勢をはって冷静に話していた会話の流れがプツンと切れる思いがしたと同時に
涙が溢れた。男のくせに情けない話だが涙声でこう妻に語った。
「俺らの結婚は間違ってなかっったよな?ちょっと歯車が狂っただけだよな?」
もう言葉になっていなかった。電話の向こうで妻も涙声で「うん。うん。」と頷く声が聞こえていた。それからしばらく自分達の結婚生活を確認するかのような話題が続いた。
「ところで、子供が出来たってAの子供やな」ともう一度確認した。
今回妻が悲願している「嫡出子否認※1」の理由は以前別件で記事にしたことがありますのでこちらを参照して頂ければ幸いです。
正直この現実は私にとってかなりショックだった。
ホントに妻の悲願の言い分は世間で言えば「なんと勝手な酷い言い分だろう」と言われるのは間違いないし私も一瞬そう思った。でも
「私達の事はどうであれ出生届けの出せない子供をそのまま放置するなんて人道的にできない。」と言う思いがこみ上げてきた。妻も失踪したてまえ子供が生ま
れてから半年も私にその事実を言えなくてこんな状況になってしまったのだろうとも思った。
私の答えは即決だった。「良いよ。なんでもしたげる」そう言った。
我ながら優しすぎるにも程があるとも思った。でも妻の提案を受け入れた。というより受け入れざるをえなかったのだろう。そこにはまだ昔と変わらない妻への思いがあったのだからかもしれない。
ただ二つ条件を付けた。そのひとつは、とにかく両親に(父親がダメなら母親に)連絡する事だった。この1年、私も死ぬぐらい苦しんだが妻の両親は私以上の
悲しみと苦悩を背負って生活しているだろう。その両親をとりあえず安心させる。ただ、それをしても両親はおそらくすんなりと許してはくれないであろう。で
も両親の苦悩の日々を思うと例え罵声を浴びせられてもまず最初にしなければいけない事だと思った。
そしてもう一つの条件を話した。
「そばにあいつAはいるんか?」と聞いた。「居る」と答えが帰ってきた。
「じゃあ電話を替わってくれ。俺の条件はあいつにあるから」と言った。
電話に出たAはいきなり誤り出した。
「パパ、ゴメンなさい。・・・・・・」Aは自分たちのした事の謝罪の言葉を並べ立てた。
その言葉を聞いた私は
「お前と話をする前にそのパパと呼ぶのは辞めてくれ。お前の事は友人でもなんでもない。」
と初めに言い放った。Aは言葉を失った。
「俺はな、まさか友人だったお前にこういう仕打ちをされるとは思っていなかった。ぶち殺したいと言っても過言ではない。でも、起きてしまった現実は今更ど
うすることも出来ないのも事実。子供の事は妻から聞いた。嫡出子否認でもなんでもやってあげる。ただな、俺はこんな仕打ちをされてもお前達の要望をのむん
や。じゃあお前は俺に対してどういうケジメを付けてくれる?」
と問いかけた。Aは言葉に困っていた。
一向に答えが出ないAにしびれを切らして私はこう言い放った。
「金で解決するしかないやろ。慰謝料用意してくれ。」私はそう言った。Aもその意味がどういう意味かがすぐに解ったようで「わかりました」と返事をした。
「500万、これで手を打とう。」私は咄嗟に500万と言う大金をふっかけた。
別にこの金額が妥当であるかどうかなんて考えてもいないし500万も咄嗟に出た金額なだけの事だったが私は「慰謝料500万、これが条件や」と言い放った。今から考えたら散々苦しめられたAに対して仕返しをしていたのかもしれない。
Aは「慰謝料の件は考えさせて下さい」と答えた。私も「じゃあしっかり考えてくれ」と言うと妻に電話を替わってもらった。その後の会話は「嫡出子否認」の調停の手続きの事を聞いていた。
暫く話して電話を切った。手に汗が溢れていた。
Aにはあれだけきつい条件を叩きつける事ができても妻には何一つ怒りもせずに電話を切った自分が情けなかった。
「俺はどれだけお人好しなんだ?ここまでされてもまだ妻の事を大事に思ってるのか?」
考えれば考えるほど確かな答えは出なかった。
ただ、ひとつだけ答えが出たことがあった。
もう二人はどんな事があっても元には戻れない。俺とあいつの関係は今Aに慰謝料の話をした時点で終わったんだと
・・・・・ 現実を受け入れた瞬間だった。
家庭裁判所の廊下を歩いていた。
窓の外は雪が降っていた。この冬、大阪では初めての雪だった。
廊下の一番隅でタバコを吸いながら二人が現れるのを待っていた。
かなり複雑に気分だった。「1年ぶりに合う妻はどうなってるんだろ?」そんな事を考えていた。
裁判所の館内は暖房が適度に効いていたが少し寒く感じていた。
廊下の奥の階段から上がってくる二人の姿があった。
私は呆然と眺めていた。必死で流れようとする涙を堪えながら歩いてくる二人を見つめていた。
薄い長袖のシャツにジーンズ、私が見覚えのない黒の大きめのダウンジャケットが私の心を動揺させたと同時に。「もう終わったんだ、これが現実なんだ」と思いしらされた。
前が開かれたダウンジャケットで覆うように小さな命が寝息をたてていた。
もう否定できない現実だった。
妻とAは軽く私に会釈して立ち止まった。二人とも顔がこわばっていたようだった。
私は冷静を装った。心の中は否定できない現実を突きつけられて動揺しているのにそれは見せてはいけないと思っていた。妻と軽く言葉を交わしその場を繕った。
二人は廊下の片隅に寄り添って座った。私は10メートルほど離れた所に座っていた。
すぐ側にいるのにかなりの距離を感じていた。裁判所の廊下は相変わらず寒かった。大阪でその年初めての雪だったので空調設備も突然の環境の変化に対応できないのであろうと思った。
廊下の隅で寄り添う二人、妻が子供を大事そうに見つめていた。
私はふと席を立ち裁判所の外に歩き出した。駐車場までたどり着いた私は車のトランクから大きな紙袋をひとつ取り出し元居た場所に戻った。そして妻の元に歩
いていった「はい、これ。子供くるんだげ」と大きな紙袋を妻に差し出した。紙袋の中身は妻が愛用していたカウチンのジャンバーだった。
実は家を出るときまさか雪が降るとは思わなかったけど少し寒さを感じていた。
「あいつ突然沖縄から出てきてセーターとか持ってるのか?」妻の冬の私物はほとんど私の家に残されたままだったからだった。寒いかもしれないと持っていったそのジャンバーが思わぬ所で役にたった。
我ながら自分の妻への思いを認識させられた。ジャンバーを渡して私は元居た場所に戻って腰を下ろした。今から思えば、まだこの期に及んで「妻が戻って来てくれるのではないか?」と思ってたのかもしれない。
調停委員から双方個別に部屋に呼び込まれた。
聞かれることは「本当に貴方の子供ではないのか?」と言うことであった。無論「間違いありません」と答えていくつかの質問を受けて部屋を出た。今度は妻のばんだった。
妻が部屋から出てきたと同時に二人一緒に部屋に呼び込まれた。そこにはさっき話した二人の調停委員と一人の裁判官が座っていた。
「お二人のご意見はよく解りました。おそらく真実でしょう。でも子供にとってはどちらが親かと言うことは一生の問題です。お二人のどちらかがこの10ヶ月
海外に居てたとか、ないとは思いますが刑務所に居てたとか完全に性交渉が否定できる常態であれば問題ないのですが今回の場合はお二人が会おうと思えばあえ
る常態であった以上裁判所としてはお二人の意見を認めるわけにはいきません。最終的な判断として親子関係が否定できるかどうかはDNA鑑定の結果をみて判
断したいと思います。ご理解下さい」
との事だった。そしてDNA鑑定の日時が決まった。
裁判所から出た私達3人は裁判所前の喫茶店に居た。慰謝料の話をする為だった。
双方向かい合わせに座りなかなか言葉が出なかった。
約束の妻の両親には電話したんか?と聞くとそれはまだと言うことだった。
「今日の夜にでも電話してみます」とAは言った。
「で、こないだ話していた慰謝料の件はどうだった?」と私から切り出した。
Aから出た答えは「慰謝料は払います。でも400万にしてほしい。」と言ってきた。
私はもちろん承諾した。別に初めからお金が目的ではなくて相手の誠意がどこまであるか?というのが知りたかった。500万の提示がいくら減額されてもそんなのことどうでも良かった。
「で、400万をどうして払うん?」と聞いてみた。
「400万払います。でも一括は無理なので分割にしてほしいです」
無論私は承諾した。
で、どう分割するんや?と言う私の問いに「分割方法は月々3万円でお願いしたいです」と言う回答だった。私は正直唖然とした。
「こいつはどこまで俺を苦しめるつもりか?人生なめてるんじゃないか?」そう思った。
「あのな、400万を月々3万で何年かかるんだ?毎月俺の講座にお金が振り込まれるたびに俺がお前らの事を思い出し続けないといけない日々が何年続くんだ?」
私はそう言い放った。
そしてこの提案に無性に腹が立って爆発寸前だった。
確かに今の二人には400万の大金を1年とか2年とかで払い終えることは不可能であろうと言うことは十分解っていた。両親にも絶縁されてこれから子供も育
てて行かなければいけない現実を考えると妻にそんな苦悩を与えるなんて出来ないとも思っていた。しかし500万円を400万円にした根拠はいったいなん
だったんだ?100万の差額はいったい何?私に対しての誠意で500万は無理だろうが400万にだったら可能と判断したからじゃないのか?しかしそこでな
ぜ月3万ずつの分割に結論が行くんだ?
「初めから無理な事は言うな!!」と言いたかった。この時の私の妻に対する思いは情けないほど深かった。格好つけるわけではないがAがもしもこの時に「有
り金はたいても金策にかけずり回っても今はこれだけしか用意出来なかった」と例え100万でも50万でも取りあえず用意していたら「もうこれで良いよ」と
言ってやるつもりだった。Aは憎いが妻の事を思うとお金の問題ではなかった。
「もういい200万で良いよ。200万ぐらいなら今時銀行でも融資してくれるやろ。俺に毎月3万返すより銀行に3万返す方がお前らも気が楽やろ。俺はお前らとの縁をこの場限りで切りたいんや」
と言い放った。そしてAはそれを承諾した。
喫茶店で妻と二人だけで話をしていた。
Aに最後に30分だけ妻と二人で話をさせてくれないか?と頼んでAは子供を連れて「駅で待ってる」とその場を立ち去った。私としてはこの時に妻とAとの事
の経緯と妊娠の事を聞きたかった。でも聞けなかった。この時何を話したかはもう覚えていない。話したいことが多すぎて何から始めたら良いのかと考え話して
いるうちに30分という時間があっという間に過ぎ去った事を覚えている。
時間が来て二人は店を出た。「じゃあな。元気で暮らせよ」と私は言うとそのまま裁判所の駐車場に歩いて行った。振り向く事はしなかった。
「俺はお前らとの縁をこの場限りで切りたいんや」と自分が言った言葉を思いだした。
「嘘やよな。切りたいなんて思ってない」Aとの関係は断ち切りたいが出来るものなら妻はその場で家に連れて帰りたかった。
そんな非現実的な事を考えながら車に乗り込んだ。
オレンジ色の二人乗りのロードスター。それが私の車だった。この寒いのに屋根をフルオープンにして駐車場から滑り出した。歩道を歩く妻の後ろ姿が見えてい
た。それをじっと眺めながら妻の横で左手を軽く上にあげてアクセルを踏み込んだ。別れ際ぐらい格好付けたかったのかもしれない。
「もう二度と顔を合わすことはないんだろう」と心で呟きながら車のルームミラーに写る小さくなっていく妻に視線を向けた。長い一日が終わった。
あの裁判所での出来事の数日後、DNA鑑定の為に指定病院に行って検査を済ませた。妻と妻の子供の検査は翌日だったので顔を合わすことはなかった。後日知
らされた結果は「親子関係否定」。あたりまえの話なのだがなんかまた現実のカウンターパンチを喰らわされたみたいだった。
数週間後フィットネスクラブの仲間達とトレーニングの後、居酒屋で呑んでいた。
この日のお昼にAから私の口座に200万円が振り込まれていた。
仲間達と騒ぎながら心はどっか上の空だった。その時、電話がなった。妻からだった。
電話を受けると表に出た。「今日ちゃんと振り込まれてたよ」と言うと妻は「うん、Aから聞いてる。色々迷惑かけてゴメンね。」
と誤っていた。
「幸せになれよ。子供もしっかり育てろよ。両親への電話もまだやろ?時間がかかるかもしれんけどちゃんと連絡しろよ。今更こんな事言われても迷惑やろうけ
どお前は良い嫁さんやった。俺の母親の面倒もこんな俺の面倒も文句も言わず見てくれた。ホントに感謝してる。実際今でも俺はお前の事が好きや。この気持ち
はどうしようもできない。でももう終わったもんな。とにかく最後にそれが言いたかった」
私がそう言うと妻は電話の向こうで「ありがとう」と言った。
「
そこにAはいるんか?居たら変わってくれへんか?」と言うと電話口にAが出た。
「パパ、ほんまにゴメン。誤って済むことではないことは十分解ってるけど今はこう言うしかないんです。ホントにゴメン」
それを聞いた私は
「もう済んだ事や。それにお前は今日約束通り慰謝料を振り込んでくれた。ケジメは付けてくれたと思ってる。ありがとう。もうな、俺とお前は二度と友達関係
には戻れないけど○○(妻)の事を頼んだぞ。俺が必死で愛した○○をお前は奪ったんんやから絶対泣かすような事はしないでほしい。これが俺の最後の頼み
や」
と言った。Aは「約束します」と言った。
もう一度妻に電話が変わった。「とにかく絶対に幸せになるんやぞ。」
と言うと妻の頷く声がした。
「じゃあな。バイバイ」電話を切った。無性に空しかった。
「また最後の最後まで格好付けて俺はアホやな。全然似合わん」苦笑したと同時に涙が溢れてきた。
寒い夜の出来事だった。 おわり
長い間この重たいシリーズにお付き合い下さりありがとうございました。m(_ _)m
第6話で完結致しました。この時期の私は「愛してるから大丈夫」だとか「愛があるから大丈夫」だとか、ただ単にそうであれば幸せは継続出来ると思っていた
ように思えます。無論恋愛には愛情は最も大切です。その愛情のお陰で6年間の妻とと生活も出来たのだろうし妻も真剣にその愛情を受け取ってくれたと思いま
す。でも私の場合は自分の愛情を妻に押しつけて自己満足に浸ってたように思えてなりません。
そしてこの押しつけの愛情は妻と再び出会うこの裁判所の最後の日に「小さな命」という否定できない現実を見せられるまで変わっていなかったのだと思いま
す。あれからもう6年の月日が経ちました。その間に何度か恋もしました。でも結局前に進むことに臆病になって思いを何度も自分の中だけで終わらせました。
また失敗する事が怖かったから。
このシリーズを書き終えて「この記事を書いたのは間違っていなかったのか?」と考えました。
でも「間違ってない」と思うことにしました。思い返せば結局最後の最後まで妻に対して失踪まで決意した理由を聞くことができませんでした。それに私がどう
思って失踪後の1年間を暮らしてきたかと言うことも伝えることはできませんでした。「そんな事聞いたって伝えたって意味がある?」と思われるかもしれませ
ん。確かに
私自身も同じように思います。でもそれが解決しないと頭の中の「?」がいつまでも消えることがないように思えました。でも、もう終わった事。今更何をして
もどうすることもできません。
そんな思いをしながら6年経ちこのブログを始めたときに
「一方通行で良いから自分の思いを書いてみよう。」と思いました。
「最後の手紙」
それが私の最後の結論でした。このブログを妻が見るなんて事は99.99%ないと思います。
でも自分の思いを公開する事で何か達成できたような気がしました。
お付き合い下さった皆様。ほんとにありがとうございました。
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