« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月29日 (木)

とうとうauデビューの春♪

うふ。私はauデビューの春♪(^^ゞ
携帯をdocomoからauにMNPで変更しましたん(^^ゞ
で、買ったのはこれ
Imgp1010

Imgp1011
東芝製 W52T!!Tと付くからにはワンセグ対応機種。

■スペック
大きさ・・・51×111×22(W×H×D)mm
重さ・・・約152g
連続通話時間・・・約220分
連続待受時間・・・約290時間
ディスプレイ・・・約26万色対応3.0インチワイドVGA液晶(480×800ドット)
カメラ有効画素数・・・324万画素AF付きカメラ
内蔵メモリ・・・ 1ギガ
外部メモリ・・・microSDカード(別売り)
その他・・・LISMOビデオクリップ、着うたフル、EZチャンネルプラス、ワンセグ、FMチューナー、EZナビウォーク、EZアプリ、EZ FeliCa、PCサイトビューアー、安心ナビ、Bluetooth、赤外線通信、遠隔オートロック ほか対応

以前もお話ししたんだけど基本料金3万の時から使ってるドコモユーザーの私、それがなんの因果かauに(因果って事もないんだけどね(^_^;)なりました。

さて、感想なのですが一言で言って

「凄い携帯だぁ〜!!!」

です。(笑)いやーーーほんと痒いところに手が届くっていうか今までこんな機能で操作出来たら良いな〜なんて思ってたことが全て完璧です!!(^^ゞ

人気NO1になるはずだ(笑)

一番驚いたのはカメラにしてもムービーにしても完璧デジカメですね(^^ゞ
ドコモのSH901の時はカメラ撮影は手ぶれも多くていつもピンぼけ、ムービーも全然スムーズ(かくかく動く)じゃなかったのに今度のはまるで普通のムービーカメラですよ。それに外部メモリはオプションだけど内蔵メモリが1ギガなのも納得です(^^ゞ

それと昨日初めてGPSを使ってみました「助手席ナビ」って言うんですが目的地検索も音声ナビも完璧でした。それにルートを外れてみたんですよ、そしたらちゃんと「ルートを外れました」って音声が出て再検索までしてくれました。ほんとカーナビいらずです。

そうそうミュージッククリップのムービーが一つ入ってたのですが(BoAのムービー)映像が無茶苦茶綺麗なのには驚きました。それにワンセグ、大画面(液晶は3.0型)で感度も良好!!先日、電車の中で見てました(笑)

装備が吟味してあって東芝なのにスピーカーはYAMAHA、付属品のヘッドホンはSONY、追求には至れり尽くせりですよ。でBluetooth内蔵だからオプションのBluetoothレシーバーを買えばコードレスで音楽からデータ転送まで楽チンです。

あと、メールを打つのに大事な日本語変換、これもまた完璧で学習してなくても思い通りの変換をしてくれます。ドコモのSH901の日本語変換は結構信じられないテキストに変換してましたからね(ーー;) 

うふ、嬉しいから良いことばっか書いてますね(^_^;
そうですね〜難点を言えばスライド方式なのでボタンの123の上がもう少し(後5ミリほど)スペースがあればメールも打ちやすいんですけどね、つけ爪の女性には123は押せるのか?とちょい疑問を感じます(^_^;

ともあれ納得の一品ですよん♪

そうそう、アドレス変更の連絡メールをしたら今までauだった友人がこれでもか!!って言うぐらい絵文字満載でしたよ(笑)

あっ、携帯に夢中になってる場合じゃないんですけどね。
ともあれ、久しぶりのお買い物、満足しました。因みに価格は1円でした(^^ゞ

| | コメント (17) | トラックバック (2)

2007年3月14日 (水)

キュー○ー3分クッキングってさ

キュー○ー3分クッキングは本当に3分で出来るのだろうか?
Peace_macはテレビを見ててそう思った。

今日の料理は

「薬味たっぷりの即席スープでオッケーワンタンスープ」

なんとベタなネーミングだろう。
一応リンクを張ってみたが明日以降はバックナンバーに移動していると思う。今日なら「本日のレシピ」明日以降なら「2007/3/14(Wed) 」のバックナンバー。

3分と言えばカップ麺が出来上がる時間である。ボクシングの1ラウンドが3分、この場合長いような短いような感覚にとらわれると言うが・・・・

peace_macは考えた、キュー○ー3分クッキングは結構豪華な料理が出来てしまう。

「3分と言う短時間で結構豪華な料理が出来る」

「そんなばかな・・・・」

peace_macは心の中で呟いた。

そんな時のpeace_macの行動は早い、財布の中には2千円しかなかったがなんのためらいもなく気が付けば車を走らせていた。近所のスーパーでに材料を物色する為である。

レシピは決まっているので買い物の時間は早い、それこそ3分だ。
peace_macは一気にほおりこんだ買い物かごをレジに滑り込ませた。

しめて、1015円、財布の中は一気に半分以下になった。

その現実に少々気分が滅入ったがpeace_macは気を取り戻した。

早速家に帰って「薬味たっぷりの即席スープでオッケーワンタンスープ」というやたらベタで長いネーミングの料理にとりかかかった。

誰もいない居間でテレビの音声が響いている。
本来ならばお気に入りのBay Smooth Jazz Radio (powered by 1.fm)を聞いているのだが今日はそんな気分ではなかった。

テレビではどっかのバカ大臣が1本5000円の水を飲んでいると一般庶民に喧嘩を売るような発言の報道をしている。むかつく話である。5000円と言えば私の5日分の食費である。昔はバカみたいに無駄金を使っていたが今は自重しなければいけない時期、ましてや今日は15円もオーバーしてしまった。その後悔がpeace_macの心を少し曇らせた。

一本5000円の水、

俺も飲んでみたい!!!(心の叫び)

peace_macはそんなどうでも良いことを事を考えながら料理に専念していた。

白ネギを二本、みじん切りにした。
切れの悪い包丁でするみじん切りは繊維を押しつぶす。



peace_macの目に涙が止めどなく溢れた。

白ネギを2本みじん切りにした所でpeace_macは時計をみた。

5分経っていた。

白ネギ2本で5分である。

peace_macは目を細めた。これではまるで「あるある大事典」のねつ造問題と同じではないか!!うん?ねつ造はしていないか、誇大広告と言う方がしんみりとくる。

JARO(日本広告審議会)に電話した方が良いかも?と思ったがpeace_macも大の大人である。
そんなつまらない事はするわけもない。心が寛大なのだ。

小松菜を湯がいてみた。
いっそう青さを増した小松菜が美味しそうにゆで上がった。

peace_macは手順通り料理を進めた。みじん切りにした小松菜と白ネギをボールに入れブタのミンチを加えた。後は調味料、小さじ一杯の砂糖と大さじ一杯の醤油、それにごま油を適量加えてその中に手を突っ込んだ。何とも言えない感覚である。

グニャグニャ、ベトベト、しっかりと粘りが出てきたところでpeace_macは手を止めた。 キッチンにワンタンの皮を用意して一つずつ手作業でさっき作ったグニャグニャ、ベトベトを包んでいった。

合計60個、窓の外を見ると日がどっぷりと暮れていることに気が付いた。

やっぱりJAROに!!

気を取り直して冷蔵庫からザーサイを取り出した。
これもあの切れない包丁で細かくみじん切り。peace_macは時折ザーサイの切れ端を口の中にほおりこんで缶ビールで喉を潤した。

どうでもいい話だがさっきから「ほおりこんで」とテキストを打つたび「ほお離婚で」と変換しやがる。

peace_macは離婚経験者である。

そんな日本語変換ソフトにむかついた。

もう7年以上経っているのにまだ言うか(ーー;)

ザーサイを切り終わりpeace_macは時計を見た。
料理を始めてから2時間以上経っている。

やっぱりJAROしかないな・・・・・・

peace_macはそう心に誓っていた。


そんなぐちゃぐちゃ言いながら作った料理がこれ

Imgp1006

うまいぞーーーーーーーーーーーーー\(*⌒0⌒)b!!!!

結果が物を言う世の中だ!!

終わり良ければ全てよし。 

 明日はラーメンいれてみよっと(^^ゞ

| | コメント (23) | トラックバック (0)

2007年3月11日 (日)

エネミーライン

ども、peace_macです(^^ゞ
前回の更新でまた重い記事を書いてしまったので書いた後の更新は早いです(笑)
今、テレビで台湾美女紀行なんてやってますが、奈美悦子 島田珠代 三津谷葉子が出てます。

美女紀行でしょ?

三津谷葉子、うん納得(^^ゞ
奈美悦子、うん?まっ、昔はねぇ〜(^_^;
島田珠代、あはははは、まっ人それぞれ見方は違いますからね(-。-) ボソッ

でもね、島田珠代(吉本の役者)ってあんなキャラですが実物は結構可愛いらしいですよ。友人が大阪ミナミの吉本近くの大衆食堂「竜田屋」によく行くのですが島田珠代もたまに見かけたそうです。このお店、吉本芸人の御用達みたいで大衆食堂にしては値段がちょい高いんですけどね。売れないと来れないかな〜(^_^;

さてさて、MINIBBSにも書いてますがどうやら風邪とお友達になったようです。(笑) で、先日ちょい熱ぽいな〜と思った時にたまたま測った血圧が170/118
げっ、高血圧やんけ〜(;>_<;)ビェェン でした。

一時的なものだろうと思うんだけどね。でも心配、成人病が発症する年代にもなってきたしね。とにかく知り合いのナースに頼んで血圧降下剤を貰って毎日服用しています。でもなんだか数字を見たらちょっと頭が重かったり(二日酔い?)延髄あたりが重くなると「血管切れるのか?(・.・;)」てな感じで少々びびってます(^◇^;)

意外と気の弱いpeace_macなのです(笑) 

さて、(最近このさてが多い(^_^;)昨日DVDで「エネミーライン2北朝鮮への侵入」を見ました。

Ene

お勧めなので詳しいストーリーは割愛しますが北朝鮮が核ミサイルの発射準備をしていると情報が米ホワイトハウスに届くんです。一発即発の状況で米大統領が下した決断は自軍の特殊部隊(シールズ)を北朝鮮に侵入させてミサイルの破壊工作をするという作戦でした。しかしミッション開始後不意に作戦中止の命令が下るも4人の兵士は潜入した後でした。退去の命令が下るも4人の兵士は北朝鮮軍に捕らえられ脱出不可能、米大統領は協議の結果、空爆による北朝鮮への攻撃を指示するのです。残された兵士の運命は?北朝鮮はミサイルを発射すのか?空爆による北朝鮮の報復は?・・

どうですか?あまりにも今の現実とリンクしてません?
あまりにもリアルすぎて見ててドキドキした反面、空爆は多大な罪もない北朝鮮人民に被害が及ぶので現実的ではありませんが

「○軍様の頭の上だけに一発やったったらええねん!!」

なんて思ったりもしましたよ。
しかしさすがアメリカ映画だね、画面の所々に出てくる○軍様の顔写真も実物、状況を報道するニュース速報(映画内のね)には現実の大統領やら国務長官やら・・・・
それがまた現実とリンクしてハラハラドキドキの反面、嫌な恐怖を味わいました。
ストーリー内で出てくる二人の北朝鮮将校、一人は○軍様にご褒美を貰うために必死、そんな奴もいるかと思うと、捕虜の米軍兵士を助けたもう一人の北朝鮮将校、「我々もバカじゃない、帰ったら大統領にそう伝えてくれ」の台詞がナイスでした。

ただ今レンタル中なんで、今だからこそ見る価値ありますよ(^_^;


今日も寒いよね、旧家から自分で移設したエアコン、移設当時は失敗した!!と思うぐらい調子が悪かったんだけど久々にスイッチを入れたら普通に動いてます。

移設費数万円、浮いた〜。なんでもやれば出来るのね(^^ゞ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年3月 7日 (水)

母のこと(その2)

母のこと(その1)で亡くなった私の母の痴呆症を発症するまでの過程を書きました。 かなり重たい話しになりますがお付き合い頂ければ幸いに思います。

突然起こった母の異変、私は自分の耳を疑いました。
「おかあちゃん、親父は死んだんやで、なに言ってんの!!」
そう答える私の言葉に母は電話の向こうで黙っていました。そして電話が切れました。私は心配になってあわてて姉の家に電話しました。
「姉ちゃんあかあちゃんが・・・・・・」
姉も私の言葉に驚いていました。

数日後、私は親友の運転するトラックに乗っていました。
姉と和歌山県海南市に母を迎えに行く為でした。

あの驚きの電話の後私は何度も母に電話しました。
「○○か?どうしたんや?」母の問い返す言葉は普通となんら変わりがありません。
私は心の中で「あの電話はいったいなんやっやんや?」って不思議に思いました。
でもやっぱり心配になって翌日、母に会いに行きました。
その時も訪れた私と元嫁(当時交際中)に普通に接していました。なんら変わった事はありませんでした。その時私は「山の中で静かで良いな〜 でもテレビが無いのは寂しいから今度持ってくるわ」と言う私の言葉に母は「ラジオで十分、鳥の声、虫の声、子供の頃を思いだして良いよ」って言っていました。ただ心配だったのは母の顔色が以前に逢った時と比べて一段とどす黒くなっていたことでした。

ある日、母が出家したという教会の教祖の奥さんから電話が掛かってきました。
「○○さんの状況がおかしいので来てくれ」
との事でした、私の頭の中で痴呆と言う言葉が過ぎりました。
以前から私は電話をかけて来た教祖の奥さんも教祖とも面識がありました。「優しい言葉をかけてくれる先生」そういう印象でした。母が実家に居た頃、母の通ってる教会の仲間と言われる人達とも何度も逢っていました。母が経営するお好み焼き屋によく来てくれていました。私自身「信仰は母が父の為にしてること」と思っていたので母の仲間達を暖かく迎えていましたのでなんの不信感もなく溶け込んでいました。

友人が運転するトラックに揺られながら私はあれこれ考えていました。
トラックで行く、紛れもなく母を荷物ごと引き取るためでした。
ただ一つ心配だったのは突然荷物事母を迎えに行く事に母はどう反応するかでした。母自身がかなりの決心で出家したのに突然行って連れ帰る事が出来るのだろうか?
ただ、私の決心は決まっていました。「何が何でも連れ帰る」そう思っていました。

家を出て1時間半、車は教会と称する山の中腹に到着しました。
車を降りて、母が住む平屋に向かいました。この平屋と言うのは母が出家した教会の敷地内にあって出家した信者の居住区となっていました。居住区と言っても教会が用意したものではありません。出家した信者が自分でお金を出して建てた家でした。
しかしタダ同然の山の中腹に建てた平屋、プレハブに少し毛の生えた作りでした。

「あかあちゃん!!元気か?」

そう言いながら私と姉は家の中に入っていきました。
シーンとした室内、荷物は綺麗に整頓されていました。
そして私と姉が見たものは部屋の隅っこでうずくまってボーっと外を眺める母の姿でした。私と姉の姿を見てもなんの反応もありませんでした。ただ顔色は以前にもましてどす黒く頬も痩せこけていました。そんな母の姿を見て私は涙がこぼれました。
肌の黒さは「栄養失調」、まさしくそれと確信しました。

「あかあちゃん、家に帰ろ、迎えに来たで」

そんな私の言葉にも何の反応も示しませんでした。
私と私の親友が荷物をトラックに積み込んでる間だ母は姉とそれをじっと眺めていました。母のあまりの無関心さに驚きましたました。

ちゃくちゃくとトラックに積み込まれる荷物、暫くすると教祖の奥さんが血相をかいて飛んできました。そして荷物を積み込む私に向かって「何をしてるんですか?」と聞いてきました。「母を家に連れて帰ります」私はそう答えました。すると奥さんは私に向かって「そんな突然勝手な事をしてもらった困ります。先生に相談しないと」とこんな状況になってもそうほざく教祖の妻、私は無性に腹がたってきました。
「奥さん、母のこの顔見てどう思いますか?これでほっとけますか?」そう問う私の言葉に「○○さんは体調を崩されて・・・」その言葉にまた私の怒りが爆発しました。「どっから見ても栄養失調やろ!!毎日顔を合わせててここまでなるまで気が付かんかったんか!!」と、気が付けば大声を張り上げていました。

それ以上教祖の妻は何も言いませんでした。
それに先生と言われる教祖も家にいるはずなのですが出てくる事はありませんでした。

荷物を積み終えて帰るトラックの車内、母がいくら小柄だと言っても2トントラックに4人は無理があります。私は運転する親友に最寄りのJRの駅まで送ってもらって母と姉と3人で電車で帰ることにしました。トラックを降りた頃には日はどっぷりと暮れていました。電車の時間まで少し時間があるので私は母に「なんか食べたいものあるか?」と聞くと母は弱々しい声で「みつまめ食べたい・・・・」そう言いました。
田舎の駅前の喫茶店に入った私達3人、注文したみつまめを貪るように口にした母の姿がありました。「よっぽどお腹空いてたんやろな」そう思うと私と姉の目には涙が浮かんでいました。

「おかあちゃん、ゆっくり食べ、ゆっくりと・・・」

後から解った事なのですが、母はやっぱり栄養失調と診断されました。
あのおかしな言動も医者曰く「極度の飢餓状態で精神が錯乱してたのでしょう」と言うことでした。母から聞いた教会での毎日の暮らし、こと食べる事に関してはなにぶん山の上なのでスーパーなどありません。車とかバイクさえあれば毎日買い出しも行くことが出来るのでしょうが母には免許がありません、出家した初めの頃は同じく出家した信者が隣に住んでおり車を所有していたので買い出しはその信者に頼んでいたそうです。しかし数ヶ月経ってその信者が山を下り、その後の母の食料調達の手段はお参りに来た出家していない信者に頼む、それしか方法無かったそうです。しかし毎日毎日信者が来るとは限りません、そんな常態でご飯が食べれない状況が続いていたそうです。それじゃーいったい教祖はそんな母を見てどうも思わなかったんだろうか?毎日顔を合わせているのに・・・・・

山から下りた母親は暫く姉の家で住むことになりました。
間近に結婚する私と妻になる元嫁への姉と姉の旦那の優しい配慮でした。

母は姉の家で平静を取り戻していました。
あのおかしな言動もありません。ただ以前と違っていたのはあれだけ父の為にと朝晩欠かさず仏壇に手を合わせてた母が姉の家から15分ぐらいの私の家に遊びに来ても仏壇の前に行こうとしません。それよか驚いたのはその年の元旦に初詣に行った近所の神社で何気なく通り過ぎようとした鳥居の前で立ちつくした母、「どうしたん?」と聞く私の言葉に「帰る。神社に行きたくない」そう拒否する母の姿がありました。

人間、最後に頼るものは神仏と言います。
おぞらくその神仏をお参りすることがこの時の母にとって苦痛のなにものでもなかったのでしょう。「神仏に裏切られた」母の心にはそう刻まれたのでしょう。そしてそれから数ヶ月後母の異常な行動が目に付くようになりました。

アルツハイマー性痴呆症、その今だに医学では解明されない病が母の身体を冒しつつありました。  続く

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年3月 5日 (月)

エスニックな毎日

引っ越しも旧家の掃除も終わって最近ぼちぼち平静を取り戻してきています。
今日は確定申告とハローワークでの求職活動、確定申告は簡単なもので事前に国税局のHPでで源泉徴収票の金額を入力してはい出来上がりだったので税務署に行って提出するだけでした。これで29000円返って来るんだからやらなきゃ損ですよね(^_^; しかしほんと国っていうところは税金を徴収するときは毎回毎回郵便で通知を送ってきて延滞したら延滞したで「払わないと差し押さえしますよ」って脅迫状を?送って来るくせに場合によったら追徴課税されるけどほとんどが還付される確定申告に関して期日を切るだけで終わり、還付されるのに知らずに手続きしなければ知らぬ存ぜぬなんだからほんとむかつきますよ。(ーー;)
で、ハローワークでの求職活動、そろそろ保険も残り3ヶ月、もらい終わって仕事が無い!!ってのだけは嫌ですからね、頑張ってコンピューターで検索してました。まっ、3月とあって私みたいな特殊な職業の求人もちらほら、今日は良いのが無かったけれど明日からまた頑張ってみます。しかしね、わざわざハローワークでコンピューター見に行かなくてもネットのハローワークのHPで調べられるんですけどね。(細かい検索設定が出来るのでこっちの方が便利)

さて、昼過ぎに家に帰って来て新居でDVD鑑賞、のんびりしてる場合じゃないんだけど今まで自宅の売却や引っ越しで毎日ドタバタしていたのでちょっと息抜き、「ワールドトレードセンター」を見ました。感想は「うーんどうかな(^_^;」
事件が事件だっただけに現実の記憶の方が生々しいのでDVDで見てもあんまり評価は出来なかったかな〜。

映画も見終わりレンタルビデオ屋へ、友人からメールで「○○マーケット火事なんか?」ってあわててマーケットのある方角を見てみると凄い煙、そう言えばさっきからヘリがバンバン飛んでるな〜って思っていたので「これか!!」でした。

私の旧家から歩いて5分ぐらいのマーケット、近所の噂で「最近閉店したけどまたリニューアルして始めるらしい」って聞いていたので驚きました。昔は(私の子供の頃)街一番の商店街で賑わってたんだけどここ10年ぐらいは周りに出来た大手スーパーにおされて閑古鳥が鳴いていました。で、今回閉鎖、改装リニューアル、そして火事、しかしただでさえ周りに出来た大手スーパーに押されて更に来年には近くに映画館、そしてイトーヨーカドウ、そんな大きな大手レジャー施設の工事も始まってるのにリニューアルの意味があるの?って思っていたので今回の火事、なんか怪しいですよね。これで大金の保険なんて入っていたのなら・・・・
まっ、これは私の想像なんで深読みはやめましょうね。ただニュースで見るかぎり怪我人が出ていないので良かったです。

話は全然変わりますが、最近エスニック料理に凝ってます(^_^;
二日前はタイのグリーンカレー、今日はさっきからメキシコのチリコンカン
※(キドニービーンズと呼ばれる赤いんげん豆をチリパウダーを使ってピリ辛に煮込んだ料理)
毎日ががエスニックですよ(^^ゞ

無印良品って色々便利なセットが売ってますね。
切っ掛けはお友達のvenerdiさんの記事で見たグリーンカレー、グリーンカレーは近所のスーパーを3軒ハシゴして見つけたんだけど「無印良品でセットを買った」って聞いていたので昨日大阪ミナミに友人のパソコン購入に付き合った帰りに覗いてみました。で、レッドカレー二袋、グリーンカレー一袋、イエローカレー一袋、チリコンカン一袋、しめて1000円ちょい、安いよね(^^ゞ
あっ、因みに全部レトルトの出来合いじゃないですよ。自分で作るのですよ。


さて出来上がりのお味は・・・・・

Dvc00186

うふ、チリコンカンなかなか美味!!(^^ゞマジよ。
※携帯で撮ったら画像が悪いね(^_^;

で、今日の夕ご飯はチリコンカンとこないだ作ったグリーンカレーの残り。

Dvc00184

タイとメキシコとサトウのご飯(日本代表)のコラボレーション!!
感想は・・・・・!!









やっぱタイとメキシコは別がいいな(-。-) ボソッ


数時間後追記
マジ美味しいので綺麗な写真をと充電完了のデジカメにてとりました(笑)

Imgp0997

うまそーーーーーでしょ(^^ゞ

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2007年3月 1日 (木)

ありがとう。

住み慣れた旧家と今日(2月28日)最後のお別れをしてきました。

私が幼稚園の頃から育った家、色んな思い出の詰まった家に最後のカギを閉めました。

掃除が終わった夜の7時頃、4個ある部屋の前に立ち、深く頭を下げました。

たかが部屋なんだけどなんかそうしたくて・・・・・

玄関を出るとき無性に涙がこぼれました。

私を育ててくれた家、ほんとありがとね。

これからの人生、絶対に幸せになるぞ!!

そう心に誓いました。

追伸

今日最後の仕上げのお掃除をしていたら思いもよらぬ所からこんなのが出てきました。

Imgp0992

古いカメラ、家に帰ってネットで調べてみるとこう書いてました。


KONIKA AUTO S
発売年:1963年
レンズ:HEXANON 47mm/F1.9
シャッター速度:B・1〜1/500秒
サイズ:138×82×75mm
重量:約750g
電池:H-D(MR-9)型水銀電池 1個
当時価格:19500円


 シャッター速度優先EEまたはマニュアル可能の距離計連動式カメラ。 世界で初めて、CdSによるEEを実現したカメラ。前面にある円形部分が受光部で、その下にあるレバーによりレンジを切り替える。(LレンジEV2.9- 10・HレンジはEV10-17)ファインダー上部に絞り値が指針表示される。鏡胴には引き出し式のフードが標準装備されている。シャッターはCOPAL -SVA。

※説明文は「レンジファインダー」Web siteより抜粋

1963年発売、当時価格で19500円もする高級カメラ。

今の貨幣価値に換算するとおよそ19500×10.7=208650円

おーーーーー凄い(・.・;) って金の計算するかー(ーー;)普通。

話し戻して。気を取り直して(笑)

1963年、私の産まれた年。またうるうるしてしまった。(T.T)

子供が生まれた時にビデオカメラを購入する親の気持ち。

昔も今も変わらないんだね。

あーーーなんか最近の記事、思い出に浸ってばっかだね(^_^;

まっ、それもよしとしますか(笑)

しかし、最後の最後にこんなの出てくるなんて、亡くなった親父も泣かせることしてくれるじゃない(^_^;

じゃーーー今日もお気に入りのBay Smooth Jazz Radio (powered by 1.fm)を聞きながら

親父!!焼酎でも呑もうや!!乾杯!!(^^ゞ

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »